不登校、高校中退からの人生ガイド

不登校でも、高校を辞めても大丈夫。そういう考えで書いています。

馴れ合うな、孤独を受け入れろ。

1ヶ月前の自分のブログを読み直したら、こんなことを書いていました。

僕の場合はあまり話さないし、友達も作らない。他の人たちは「大変だ」とか「難しい」とかお互いに励まし合いながらやっていますが、僕は一人で黙々とやっている。

そういう自分の特性を考えてみると、やっぱりそれが自分なんだと思います。もちろん人と話すことで「苦労しているのは自分だけじゃない」という安心感は得られるんですが、横並びになってしまう感じがいやなんですよね。

僕は他の人たちが手をつけようか迷っていることでも、どんどん率先して勉強しているし、そうやっているうちに同期ともかなり差がついている。

いたずらに馴れ合うよりも、孤独を受け入れることのほうが大事ですね。 

なんていうんだろう。「かっこよく」生きようとしている人が多い気がする。人間関係を上手にやって、空気を読んで、という感じ。

これではダメだと思う。

確かに人と話していれば不安感は薄れる。実際自分もこうやって書いている。

自分のやってることが正しいのか、けっこう不安になってきますが、これは当たり前のことなんだと思います。結果に繋がるのかわからないですが、とにかく自分は自分のやり方で続けていこうと思います。

中には誰とも話さずに黙々と、朝から晩まで教室で勉強している人がいる。こういう人たちのメンタリティは想像がつかない。

自分は途中までは黙々と勉強して、誰とも話さないスタンスで続けていたが、さすがに人間関係を絶つのはやりすぎだと思い、途中からある程度喋るようになった。

地元の会社で働いていた頃には出会うことのなかった人たち。東京で生まれ育った人や、関西出身の人。いろんな経歴の人がいて、みんな積極的で、活動的な人が多い。こういう人と話す時間は貴重である。

そして話していると気が楽である。自分の作ったものに対してフィードバックもくれるし、話していれば楽しいし気分もよくなる。

でもやはり同期たちの進捗具合を見ていると、教室で会話をしている時間、その分だけ自分自身の勉強は置き去りになっているんだなと思った。

自分自身の技術を向上させたかったら、黙ってひたすら取り組み続けるだけである。試しに学校に着いてから挨拶もせずに端っこの席に座り、2時間イヤホンをして作業をしたら、驚くほどの量の作業を進めることができた。

 

人と会話をしていたら、これは難しい。誰かが隣にいても難しい。

不可能なことだ。

もし今、何かに取り組んでいて、孤独な人がいたら、むしろそれを貫くべきだと思います。

よく考えてみれば孤独なのは当たり前です。一人でいることに慣れなくては、薄い人付き合いやアルコールに逃げていてはダメだと、言います。これを機に孤独を知り、孤独に慣れるのは良いことだと思う。

高校中退してこれを見ている人。2浪3浪でもいい、必死で勉強して、国立大でもなんでも入ればいいじゃありませんか?

それでこそもっと素晴らしい人と出会うことができて、自分というものを確かにして楽しく生きていけると思います。

一緒にがんばっていきましょう!

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